土井玄臣『the illuminated nightingale』のこと

鬱積してる。


抱えきれない業のようなものと、絶望であふれた哀しみのようなものが。土井玄臣さんの音楽には。だからわたしは、なかなか向き合えずにここまで来てしまったわけです。「正式な1stアルバム」として全国流通した、土井玄臣さんの『the illuminated nightingale』という作品に。もちろん、単純にいいメロディと多彩な音楽性、文学的な歌詞でいながら日本語をかけはなれた音像の節回し、女声的なファルセットから地獄を這いずる朗誦のようなヴォーカリゼイション、録音の奥深さ、そのぜんぶの気持ちよさだけでも土井さんの音楽は十分に素晴らしいと言い切れるんだけども、そこに土井さんのパーソナル、のようなものが隠し切れず露呈してしまったのが聞こえたときに、ああ、音楽が鳴っているのだ、と思ってしまうのだ。ここに、音楽が鳴る必要があったのだ、と思ってしまうのだ。ポップミュージックに、パーソナルな情報はまったく必要ないと思ってるし、音楽が鳴る「必要」なんて幻想かもしれない。むしろ聴くひとの想像力が介入する隙があるもの、感情を共感できるもの、そして技術力が高くて完成度の高いもの、そういうものをポップミュージックと呼ぶんだとわたしも思うし、だからaikoとか好きだし、だけど、ポップミュージックから零れてしまう、それでも鳴らざるを得なかった音楽たち、をなかったことにしてしまわないために、インディペンデントという場所があるのだと私は思っている。私にとって土井玄臣さんの音楽というのはそういうもので、表向きポップミュージックの兜をかぶっていながら、どうしてもそこから零れて零れて溢れてしまういびつな生命のこぶを掬いあげて鳴らしている、土井さんの音楽の、そんなところにどうしても惹かれてしまうのだ。尼崎で生まれて大阪で育って、救われないひとたちの哀しい人生を目の当たりにしてきた彼は、いつか「自分が光のあたる場所にいくようなことはない」と言って笑っていた。業を受け入れてひとりで生きていく、というような話だったと思う。土井さんの音楽は、そんな彼の懺悔のようであり、赦しのようであり、すべてを受け入れ諦観しながらも漏れる、悲鳴のようでもあるのだ。闇の夜から始まって夜明け前まで、わずかな夜の瞬間を駆け抜ける全10曲。だけどわたしは、1曲目「ダークナイト」で彼が、闇の底から、闇に向かって、“晴れろ ダークナイト”と歌っている、祈りに、どうしたって胸が震えてしまう。それだけで、この作品が生まれる意味があったのだと強く思うのだ。


久しぶりにお会いした土井さんは、「なにを食べても痩せてしまう」と言っていた頃よりもさらにちょっと痩せてて、相変わらず自虐的に、ふざけたことばかりしゃべり続けていて、もちろんそれは彼のサービス精神で、だけど、この日のレコ発というもの対して、喉も、パフォーマンスも、万全に仕上げてきているのだということがわかる、本当に素晴らしいライブをしてみせた。ほぼ新作から曲を演奏しないうえに、打ち込みも使わずギターのみの弾き語り、『the illuminated nightingale』を聴いて土井さんを見にきたひとにはすこし不親切なライブだったかもしれない。だけど、彼は、言葉が音楽に変わる瞬間の空気を完全にとらえて、振動を味方にしながら、零れる音楽の生命を歌った。夜の闇に惑うロマンティックを、その残酷さを、高らかに鳴らしてみせた。そしてそれは、恨みや呪詛を音に縛り付ける行為などでは決してない、愛と恩寵を解放する行為だったように思うのだ。この日のイベントタイトルは「忘れ物をとりにいく」。ともに大阪からきたわたなべよしくにさんの作品のタイトルから取ったそうだが、「忘れ物を取りに来たんで、忘れ物は失くしものに近いんですが、とりあえず返してもらおうと思います」と、確かに彼はそう言った。


明けて新宿タワレコで行われたインストアは、「明け方まで飲んでいた」そうで声がまったく出ておらずのなかなかなライブをやっていたけど、もう3回に1回でも土井さんのあんな神懸かり的なライブが見れるならもうもうもう十分です。それはそれで土井さんらしくて愛おしい。こないだの池袋orgは仕事でいけませんでしたが、次にまた素晴らしいライブが見れることを期待して、この名曲を貼っておきます。


ダークナイト 恋をした ひどい暮らしになった
夜が終わる そこに立っていて 夢を見ては醒めていくだけ
ハレルヤ 恋は言った ひどい暮らしに慣れた
手を振る君がこぼれるから 走っては掴まえるたびに
夢から覚めて なにもできずに 「変われやしないわ」と「かなしくないわ」と言う
迷路みたいな夜を転げていく 朝が来るまで
夢の終わる場所で君が目を覚ました
どこへいってもここにいるみたい 手にはいつもの砂混じりの歌
倒れていくから手を伸ばす その手をとる夢を見たわ
こんな小さな胸が震えてしまうくらい 抱きしめる
晴れろ ダークナイト